わびさび、九州って?

手の間の小さな花にもワビサビが!
手の間の小さな花にもワビサビが!

 丁度昨年の今頃、手の間のホームページを見たというカナダ人のダフさんが、我々を訪ねてきた。ダフさんは『wabi-sabi JAPAN』という旅行会社を、カナダはトロントで経営している人物で、かつて福岡でも暮らした経験を持つ。そのとき、日本の奥深い伝統文化に気づいたダフさんは、帰国後、ステレオタイプな日本ツアーではなく、真に美しい日本の姿を海外旅行者(ターゲットはVIP)に紹介する旅行社を立ち上げたのだ。

 

 客はVIPで目も肥えているのだから、案内先は上質かつ本物の日本美が集約された場所や職人でなくてはならない。京都や金沢はダフさんが求める“わびさびジャパン”の宝庫だが、九州の場合、それはどこにあるのかリサーチに来たということだった。海外VIPを案内したい場所は、小石原に小鹿田が筆頭、そして八女、竹田、阿蘇などが続く。しかしこのコースをうまく回すための旅館が見当たらない、というのが問題点だった。

 

 そして今年再び、ダフさんは九州にやって来た。「今、萩デス。明日ノ夜、食事シマショウ」。できればプライベートで会いたいという。その意味は、通訳抜きで会おう、ということ。日本に入ってからずっと仕事づくめのダフさんは、懐かしい福岡でリラックスしたいのだという。私は焦った。昨年は、通訳を伴っての来福だったから意思疎通できたけれど、二人だけというのはマズイ。とりあえず私は、日常会話ではまず使わない、旅行業界の専門単語をいくつか丸暗記して、ダフさんが待つホテルのロビーへ。

 

 しかし、心配は杞憂に終わった。美味しい料理とお酒の力というのは素晴らしい。言葉の壁を軽く越えさせてくれる。我々は主に石川の話で盛り上がり、加賀温泉『べにや無可有』の料理や設えのセンスの良さ、『あらや滔々庵』のバーの格好良さ、果ては私が一番好きな杜氏『鹿野酒造』農口尚彦さんの話で完全に意気投合!と同時に、ダフさんの日本美に対する感覚のシャープさに、私は感心した。

 

 石川には他にも、能登に『さか本』、白山に『うつお荘』という素晴らしい宿があるが、これらのマニアックさは、まだ海外旅行者には理解できないとダフさんは判断している様子。また超有名な人気高級旅館に対しても、“おもてなし”の心が感じられない宿はNG。なるほど、微妙な線を突いてくるダフさんの視点は、日本に畏敬の念を抱いてやってくる海外VIPには信頼に値するものだろう。ちなみに今回アテンドしたお客さんの旅費は、アメリカのカップルで700万円だったとか、ポルトガルの夫婦は京都の骨董屋で1200万円の買い物をしたとか…。私には縁のない人々だ。

 

 ひるがえって九州の旅行資産を考えてみるに、ダフさんの悩みもよくわかる。潜在的なクオリティは非常に高いけれど、洗練されたものはほとんどない。「洗練」というのはお金をかけて新しいスタイルを取り入れることではなく、本質を磨き上げた結果滲み出てくる雰囲気のようなものだと私は理解している。心の手仕事だ。これは、一朝一夕には生まれない。しかし、「まぁ、それがリアル九州なのよ」と言いたい気持ちも、私にはある。人間みんながみんな、高尚にばかり生きてはいられない事情ってものがあるのだから。粗野をダイナミズムに置き換えてみれば、九州も捨てたものじゃない。

 

 1年ぶりのダフさんとの再会は、いい刺激になった。改めて、私の九州に対する理解度を確認させてもらったし、外国人の日本に対するニーズも少しだけ理解できた。こうやってときどき、自分の立ち位置を客観的に捉える機会をもつことはいいいことだ。が、残念なことに、異言語交流で回転しすぎた私の脳みそは一晩でオーバーヒートしてしまい、翌朝、知恵熱が出てしまった。もっとダフに、いやタフにならなければ!