西川亭レシピブック

渋いマスターがつくるお酒は正統派。撮影/大野金繁
渋いマスターがつくるお酒は正統派。撮影/大野金繁

昨夜は久しぶりに中洲で過ごした。昔に比べると中洲には粋や風情がなくなったし、人間模様の深淵を垣間見させてくれるドラマチックな店も、もはやない。そんな中洲にあって、昔ながらの表情を崩さないバーがある。『西川亭』だ。くの字型のカウンターを囲む止まり木は無数の客の手で艶やかに磨き上げられ、その片隅にはダイヤル式の電話がポツンと一台。そこかしこに、数十年の時が澱のように積んでいる。埋み火のように密かに熱い空間だ。

 

縁あって、私は今、マスターのレシピブックを作っている。A4のノートに端正な文字がびっしりと書き込まれた300ページを超すファイルを目にしたときは、心底驚いた。それは、マスターが仕事の合間をぬい、知識欲のおもむくままに調べ、作り、改良を加え、コツコツと築きあげた職人的酒の記録。が、単にアルコールの調合割合が綴られているのではない、バーテンダーとしての心得までもがうかがえる「作法の書」だと、私は感じた。

 

直筆のファイルは目次に始まり、索引に終わる。すでに手を加える必要がほとんどない完成度だ。それを、「中洲の記録として本にして、多くの人に伝えたい」という西川亭ファンがいた。C学園グループのI先生やK先生だ。マスターが望んだわけではないが、先生方およびその周囲のおせっかいグループが動き、来春の発行を目指して『西川亭レシピブック』の作業が進んでいるというわけだ。

 

私が取り組んでから2年の月日が流れた。膨大な量のレシピひとつひとつに目を通していくのは、骨が折れる作業だ。活字となった校正紙をチェックしながら、「もしかしたら、マスターの味のある直筆をコピーして希望者に配布するだけでよかったのかも」と、思った日もある。しかし、店内撮影も終え、いよいよ本の形が見える最終段階までくると、やはり心が浮き立つ。年明け早々にはデータ入稿ができそうだ!

 

で、昨夜の私はと言うと、仕事仲間と一緒にクラブで女の子をはべらせ、路地裏のスナックで聖子ちゃんを熱唱。粋も風情もなく、騒がしいだけの中洲の夜を過ごした。ただのオヤジ酒なのである。