故 藤本敏夫の草稿。

今週は、東京、京都、大阪の三都出張を2泊3日でこなした。東京といっても経由しただけで、本来の目的地は千葉県松戸。ここでかつての仕事相手がカフェを開いており、彼女を訪ねたのだ。店の名は『waRAuカフェ』。食事やスイーツメニューはすべて、彼女が美味しいと思う品を取り寄せて客に提供している。基本はレトルトだが、きちんと作られたメニューだけに下手な手作りよりも上質。しかも手軽。なので彼女は一人で、30席近くの店を切り盛りしている。

 

手の間のカクウチも同様の仕組みで、我々は野菜を切るとか蒸すとか、その程度の調理しかしない。後は、農家のおばちゃんや漁師のおじちゃんが作った美味しい加工品と組み合わせるだけだ。しかし、なぜその野菜や加工品をカクウチメニューに選んだのか、生産現場の風景や作り手の思い、商品ができるまでの過程といった背景をお客さんに伝える。まぁ、手は動かさないが(手の間なのに!)口は動かすといった具合だ。

 

彼女が食の世界に通じているのは、藤本敏夫氏の晩年に、彼の秘書をしていたから。元々はJAL国際線のスチュワーデスだった彼女は、美人で明るく聡明だ。藤本氏の信頼も厚かったのだろう、病床で彼が綴った企画書や未完に終わった本の草稿をどっさり抱えている。今回初めてその一部を見せてもらったが、日本の農業政策改善に関する藤本氏の思考の明瞭さと複眼的アプローチに、改めて圧倒された。目は文字を追うのだが、内容が濃すぎて頭に入ってこない。感じたのは「早すぎた」ということ。藤本氏の思考は、時代の先を行っていたのだと思う。

 

本の草稿は、ブルーブラックのインクで、原稿用紙に綴られていた。その字の味わい深いこと!大らかさと男らしさと色気のある文字だ。未完に終わった作品のタイトルは、『僕たちの失敗』。すべての章の見出しが、「なぜ僕はカストロを愛せなかったのか」といった具合に、彼が受け入れることのできなかった人物やことがらが並んでいた。その中には興味深い名前も。かなうことなら、この本を読んでみたかった。そしてもしも藤本氏が生きていたなら、今の世界や日本を見てどう言うだろうねと、彼女と私は笑いあった。